物語のはじまり

EPISODE 01 SHINICHI ONO

本気の人が集まる場所へ

あたたかな光が差し込む、原宿のHALLHEARTのオフィス。「オシャレでいいですね」なんて褒められることも多いこの場所には、日々、未来の自分に期待する有能な学生たちが集います。自分がもっと輝ける企業を探すため、広告業界やWeb業界で活躍する社会人たちが扉を叩きます。「本気(whole heart)の人があつまる場所(hall)へ」。そんな理想を込めた社名にふさわしい地に、この場所はなりつつあります。

HALLHEARTの創業者は、小野と飯田という男。出会いは、小野が広告業界に特化した人材企業マスメディアン社の代表だった頃のこと。飯田が面接を受けに来たのです。「1億円稼ぎたい」などと生意気なことを言う、15も歳の離れた青二才に小野は興味を持ちました。入社後も周囲をおののかせながら、平気で小野に楯突く飯田。度胸も実力もありました。2人は多くの仕事を成し遂げていきました。小野はいつしか「新しく会社を起こす時は、飯田とやろう」と考えていました。そしてその日は、2008年に訪れます。

船出のち、大嵐

なんだか、カッコいい話みたいですね。でも実際は、カッコ良さとは無縁の船出でした。「本気で生きる目の前の人たちを、幸せにするビジネスをしよう」。そう約束しあった2人は事業計画書をひき、まずはエンジニアと体育会系人材に特化した人材紹介事業をスタート。ところが目論みは、すぐに打ち砕かれてしまいます。起業準備を始めた直後、リーマンショックが到来するのです。

船出するや否や、大嵐。各社が人材獲得を渋りました。まったく売上が立たず、起業資金の1000万円はすぐに底を尽きます。銀行から借り入れた資金も、瞬く間に吹き飛んでゆきました。赤字は膨らむばかり。ドブ板をはがすような必死の毎日でした。この頃飯田は、実はネットで洋服を売って小銭を稼いでいたほど。事業計画は軌道を外れていきました。首都高速が目前を走る渋谷の古い雑居ビルで、2人は歯を食いしばりました。

魂の勝利

それでも2人は、ひとつひとつの仕事に魂を込めました。1人でも2人でも、目の前にいる人の支えになろう。1社でも2社でも、魅力的な企業へ最高の出会いを提供しよう。そんな信念が揺らぐことはありませんでした。前職時代で培った豊富な人脈やネットワークをフル活用しながら、縁をたぐり寄せていきました。少しずつ、確実に。自分たちの存在が人を介して広まっていることを感じました。

▲ 当時、費用10万円で作成した新卒採用サイト。

新卒採用へのニーズが息を吹き返したことを直感した飯田は、広告業界特化型の新卒採用サイトを開設。掛けた費用は10万円。「外注を極力削って素人の俺が作ったから、超ダサかったけど」と飯田は笑います。広告費など当然なく、夜な夜なTwitterで認知度アップに務める日々。しかしこれが功を奏しました。当時Twitterに夢中になっていた学生は、感度の高い優秀な若者ばかり。彼等の信頼を獲得したことで、HALLHEARTの噂は一気に業界内に広まってゆきます。この頃からHALLHEARTは、少しずつ成長への一途を辿り始めるのです。

▲ 30㎡に満たない狭い部屋で5人座るとめいっぱい...

仲間たちとの出会い

「少年のまま大人になったような人」。15以上歳が離れた小野のことを、飯田はそう表現します。どれだけ厳しい状況に置かれても、小野といると、何故かまったく暗い気持ちにならず、不思議と前を見続けていられるのだとか。そんな小野の人柄に惹かれて仲間入りした人は、飯田だけではありません。ひとり、またひとりと仲間が増えるたびに化学反応が起き、HALLHEARTは成長を遂げてゆきました。

大手デジタルマーケティング企業の最前線で活躍していた猛者。総合広告会社や大手人材サービス企業を経てジョインした仲間。デザインも営業もできる、やけに器用なクリエイター…物怖じせずモノ言う仲間が増えるたび、事業は成長してゆきました。ビジネスモデルは磨かれていきました。「仲間入りしてくれた全員が、HALLHEARTの成長の転機になってくれています」。嬉しそうに、小野はそう語ります。

▲ 何もない状態から未来を描く…

これからHALLHEARTという船は、大きな急旋回をするかもしれません。再び嵐に見舞われるかもしれません。しかしどんなことがあっても、あの真っ暗闇から脱した強い魂と、信頼関係でむすばれた仲間の存在が、困難を乗り越えるエネルギーになるはずです。さあ、HALLHEARTはこれからどんな景色に泣き、感動し、興奮していくのでしょうか。本気になれば、どこにだって行ける。そんな気がしてなりません。